和歌山県新宮市に鎮座する世界遺産・熊野速玉大社。ここには、日本の神像彫刻の最高峰と称される平安時代前期(10世紀頃)の国宝神像4躯が伝わっている。目に見えない神々の姿を圧倒的な生命力で具現化している。
太古の森から現れた神々のすがた|日本最高峰の国宝神像
熊野速玉大社《木造神像4躯》|1000年の祈りを宿す、威厳と美の極致
鬱蒼たる巨木に囲まれた霊場・熊野。その地で千古の昔から大切に守られてきたのが、4躯の国宝神像である。いずれもヒノキの巨木から彫り出された「一木造(いちぼくづくり)」で、内刳(うちぐり・木を軽くするための空洞化)を施さない重厚な作風が特徴だ。
雄偉な男神、豊かな女神、そして精悍な御子神――そこには、当時の人々が思い描いた「理想の神の姿」が、凄まじい威厳とともに映し出されている。
木造熊野速玉大神(くまのはやたまおおかみ)坐像 | 圧倒的な威厳を放つ主祭神
第二殿に祀られる、等身大(像高約101センチメートル)の壮大な男神像である。
頭上に唐草文の円筒形の宝冠を戴き、大袖の束帯姿で衣のなかに手を組む。最大のみどころは、その強烈な面貌だ。眉を寄せ、カッと大きく見開いた目には、悪を退け、衆生を圧倒するような凄まじい神威が漲っている。水量豊かな熊野川の激流を思わせる、力強く荒々しいエネルギーに満ちた傑作である。
木造夫須美大神(ふすみのおおかみ)坐像 | 豊満で自由なおおらかさ
第一殿(結宮)に祀られる、速玉大神と一対をなす大型の女神像である。
主神に劣らぬ大柄な体躯でありながら、その表情は一転して穏やかで、包み込むような優しさを湛えている。豊かな黒髪を胸と背に長く垂らし、大袖の衣をゆったりと身にまとって座る姿が美しい。左右の均整にとらわれない、自由でおおらかな造形美は、日本の初期女神像のなかでも屈指の完成度を誇る。
木造家津御子大神(けつみこのおおかみ)坐像 | つり上がった目が語る若き神威
第三殿(証誠殿)に祀られる神像で、熊野本宮大社の主神としても知られる。
4躯のなかで最も若々しく、青年のような瑞々しい風貌で表現されているのが特徴だ。しかし、甘さは一切ない。目尻を鋭くつり上げた精悍な表情からは、若き神の烈しいパワー(神威)がひしひしと伝わってくる。衣服のシワをダイナミックに表現する「翻波式衣文(ほんぱしきえもん)」が最も顕著に見られ、平安初期の様式美を今に伝えている。
木造国常立命(くにとこたちのみこと)坐像 | 激動の時代を生き抜いた痕跡
家津御子大神と同じく、第三殿に祀られている男神像である。
長い年月のなかで損傷が進み、体部の前面を大きく失っているものの、冠をつけた顔立ちや、顎のはった面長の凛々しい相好(顔つき)は見事に残されている。その風貌は主神である速玉大神と通じるものがあり、ほぼ同時期に一連のシリーズとして作られたことを物語る。平安初期の重厚な様式から、のちの優美な平安後期様式へと移り変わる過渡期の名作だ。
仏教の伝来とともに、本来「目に見えない存在」であった日本の神々は、仏像の技術を借りてその姿を現すようになった(神仏習合)。
普段は非公開とされているこれら4躯の神像だが、ひとたび開帳や特別展などでその姿と対峙するとき、私たちは1000年以上前から変わることのない、熊野の深い森が育んだ自然への畏怖と祈りの根源に触れることができるだろう。
基本情報
| 指定番号 | 127 |
|---|---|
| 名称 |
木造熊野速玉大神坐像、 木造夫須美大神坐像、 木造家津御子大神坐像、 木造国常立命坐像 |
| 時代 | 平安 |
| 指定 | 2005年 |
| 備考 | 非公開 |
アクセス
| 名称 | 熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ) |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県新宮市新宮1 |
| 主祭神 | 熊野速玉大神・熊野夫須美大神 |
| 社格 | 旧官幣大社・別表神社 |
| アクセス |
・JR「新宮駅」から徒歩約15分 ・熊野御坊南海バス「速玉大社前」下車すぐ ・駐車場あり(無料) |
| 拝観時間 | 境内自由(終日参拝可能) |
| 拝観料 | 無料 |
| 御朱印 | あり(授与所にて) |
| 文化財 |
・木造熊野速玉大神坐像 ・木造夫須美大神坐像 ・木造家津御子大神坐像 ・木造国常立命坐像 ※いずれも非公開 |
| 公式サイト | https://kumanohayatama.jp/ |
巡礼記録
2013年 国宝大神社展
2019年 仏像と神像へのまなざし – 守り伝える人々のいとなみ-
2025年 日本国宝展

