安楽寺は長野県上田市の別所温泉にある曹洞宗の古刹である。「信州の鎌倉」と呼ばれる塩田平の中心に位置し、長野県最古の禅寺として知られている。現在は静かな山寺の趣だが、鎌倉時代には北条氏の庇護を受け、禅文化の一大拠点として栄えた。
この寺を訪れる最大の目的は、国宝の八角三重塔である。山の斜面に建つその姿は、日本の仏塔の中でも極めて特異だ。一般的な五重塔や三重塔と違い、平面が八角形になっており、現存する木造八角塔としては日本唯一の存在である。しかも鎌倉時代に中国から伝わった禅宗様建築の特徴を色濃く残しており、建築史的にも極めて貴重な遺構として評価されている。
参道を進み、木立の間から塔が姿を現した瞬間の印象は忘れがたい。八角形の塔身と裳階を備えた独特のシルエットは、奈良や京都の名塔とも異なる雰囲気を持つ。重厚でありながら端正で、華美な装飾に頼らない禅宗建築らしい美しさがある。日本に現存する唯一の八角塔という事実を知らなくても、ただならぬ存在感を感じるだろう。
また、安楽寺は禅文化の歴史を伝える寺でもある。宋から帰国した樵谷惟仙や、その弟子である恵仁らによって発展し、中国禅宗の影響を強く受けた寺院として知られる。重要文化財に指定された惟仙和尚坐像と恵仁和尚坐像は、その歴史を現代に伝える貴重な遺品である。
周辺には常楽寺や北向観音など中世の文化財が数多く残り、塩田平一帯はまさに「信州の鎌倉」と呼ぶにふさわしい歴史空間を形成している。その中でも安楽寺は象徴的な存在であり、国宝八角三重塔は地域の歴史と文化を体現する建築といえる。
日本で唯一の八角塔を守り続けてきた場所であり、中世における国際交流と禅文化の広がりを今に伝える寺院である。塔を見上げたとき、その美しさだけでなく、七百年以上にわたり受け継がれてきた歴史の重みも感じることができるだろう。


文化財


巡礼の記録
2026年7月10日
大法寺を出発し、山を下り、また登り、さらに下って再び登る。照りつける夏の日差しの中を歩き続け、約1時間30分で安楽寺に到着した。
受付で国宝八角三重塔の拝観料を納め、本堂裏の山道へ向かう。石段を登るにつれて周囲の木々が深くなり、やがて緑に囲まれた塔が静かに姿を現した。
初めて見る安楽寺の八角三重塔は独特だった。
遠目には四重塔のように見える。しかし最下層の屋根は裳階(もこし)と呼ばれる庇にあたり、実際には三重塔である。屋根が重なり合う姿は重厚感があり、一般的な三重塔とは明らかに印象が異なる。
そして何より目を引くのが八角形の平面である。寺院の塔は四角形が一般的だが、この塔は八角形であるため、どっしりとした安定感を感じる。尖った印象の多い塔建築の中で、安楽寺の塔は落ち着きと重厚さを備えているように思えた。
木々に囲まれた山腹に建つ姿も美しい。人工物でありながら周囲の自然に溶け込み、鎌倉時代からこの場所で時を重ねてきたことが実感できる。
大法寺の「見返りの塔」が周囲の景観との調和による美しさなら、安楽寺の八角三重塔は建築そのものの独創性と存在感が魅力である。近い地域にありながら、まったく異なる個性を持つ二つの国宝塔を同じ日に拝観できたことは大きな収穫だった。



基本情報
| 名称 | 崇福山 安楽寺(あんらくじ) |
|---|---|
| 所在地 | 〒386-1431 長野県上田市別所温泉2361 |
| 宗派 | 曹洞宗 |
| 本尊 | 釈迦如来 |
| 電話番号 | 0268-38-2062 |
| 拝観時間 |
3月~10月:8:00~17:00 11月~2月:8:00~16:00 |
| 拝観料 | 大人 300円 |
| 公式HP | https://anrakuji.com/ |
| アクセス |
上田電鉄別所線「別所温泉駅」から徒歩約10分 上信越自動車道「上田菅平IC」から車で約30分 |
| 御朱印 | あり |
