0日目
全国的に雨が続いている。天気予報も見るたびに変わる。それでも関西は晴れそうなので、明日から 高野山 と 奈良 に行くことにした。大阪までは夜行バスなので、当日になって決行を決断する。運よく夜行バスにキャンセルが出て、旅館の予約もできた。
東京駅八重洲口から23時10分発の3列独立席の高速バスに乗り、なんばパークスへ向かう。しかし隣の席の人のいびきがひどすぎて眠れない。まるで 小動物の断末魔のような音 が夜通し続いた。
1日目
なんばパークスに6時20分到着。南海電鉄の乗り場を目指す。周辺には駅へ通じる入口がたくさんあるのだが、どれも7時以降でないと開かない。地元の人に入口を聞きながら走り回り、なんとか南海なんば駅6時30分発の列車に乗車した。7時20分に橋本駅へ到着し、極楽橋から8時10分発のケーブルカーで 高野山 へ。さらに8時26分発のバスで千手院前まで向かう。



車窓から見えるのは土産物店だけではない。薬局、コンビニ、バー、スナックまで並んでいる。すれ違う僧侶が乗っている車は外車ばかりだ。おそらく腕には ロレックス でもはめているのだろう。少なくとも、自分が思い描いていた高野山のイメージとはだいぶ違う。もっとストイックな 修行の場 を想像していた。
時間が限られているので、高野山では移動のほとんどを走ってこなした。ゆっくり歩く観光客を横目に 金剛三昧院 へ向かう。門をくぐると右手に受付があり、携帯電話をいじっている小太りの金髪の中年男性に拝観料を支払った。髪の根元は4、5センチほど黒くなっている。参拝者は私一人だけだった。境内で見かける人たちは宿坊の宿泊客らしく、ほとんどが白人だった。
金剛峯寺 は対照的に人であふれている。日本人ツアーガイドの「ここは一番のパワースポットなんです」という説明が聞こえてきた。そう言われると少し興ざめする。
一方、国宝の 不動堂 には誰もいない。他の建物に比べると小さく地味だからだろうか。霊宝館 も私を含めて三人だけで閑散としていた。しかし展示は素晴らしい。快慶の四天王像 も、白檀を彫った国宝の 諸尊仏龕 も、ずっと眺めていたくなる。やはり人が少ないとゆっくり拝観できて良い。
10時8分発のバスで高野山駅へ向かう。車内には大きなスーツケースを持った白人観光客が並び、日本人は私だけだった。高野山は海外旅行者が多いと聞いていたが、京都や奈良とは様子が違う。見かける外国人のほとんどが白人で、中東系やアジア系、アフリカ系の観光客はほとんどいない。アングロサクソンの聖地なのだろうか。




10時30分発のケーブルカーで極楽橋へ下り、11時6分に九度山駅へ到着した。ここで降りる人は私以外にいない。
駅から20分ほど歩いて 慈尊院 へ向かう。拝観者は私一人。どこか京都の法界寺を思い出す雰囲気だ。境内の階段を上り、丹生官省符神社 へ。外国人観光客も立ち寄らないようで、静かで落ち着いている。



慈尊院から高野口駅まで歩く。途中、「道の駅 柿の郷くどやま」で柿の葉寿司を買い、ベンチで食べてから再び駅まで走る。
12時50分発のJR和歌山線で五条駅へ。13時21分到着。和歌山線は1時間に1本しかないため、乗り遅れは許されない。
駅前の観光案内所で電動自転車を借り、栄山寺 へ向かう。自転車で10分もかからない。ここも人の姿はなく、貸切状態 だった。無住寺らしい静けさがある。八角円堂は珍しく、法隆寺の夢殿や興福寺の北円堂、南円堂を連想した。こういう寺はのんびり拝観できるのがいい。帰り道に業務スーパーへ寄り、綾鷹を購入した。




14時30分発の和歌山線で吉野口へ向かい、近鉄に乗り換えて15時23分に 吉野 駅到着。車窓を見ながら、ゆりやんレトリィバァの実家はこの辺りなのだろうかと考える。
15時35分発のロープウェイで山上へ。500円。3分もかからず到着する。
仁王門は改修工事中だった。蔵王堂 と 吉水神社 を参拝する。前回訪れたのは2015年。秘仏開帳の時期だったため大勢の人がいたが、今回は驚くほど静かだった。
17時を過ぎると吉野はほとんどの店が閉まる。空腹だったので静亭へ入った。外から見ると照明が消えていて営業していないように見えたが、戸を開けると店員さんが出てきた。鴨ハンバーグ定食と柿の葉寿司を注文する。明日の朝食を食べる機会もないかもしれないので、食いだめしておく。この店もまた 貸切状態 だった。
宿は 吉野館。チェックインの際に「吉野は初めてですか」と聞かれたので、「5回目くらいですが、前回から10年以上たっています」と答えた。すると「いつも 閑散期 に来られるんですね」と言われる。考えてみれば、吉野で一番賑わうのは桜の季節だ。それ以外は閑散期なのだろう。そうだとすると、私は一度も繁忙期の吉野を訪れたことがない。
部屋からは桜の木々が見渡せる。春なら人気の部屋に違いない。17時頃まではセミが鳴いていたが、いつの間にか秋の虫の声に変わっていた。畳のい草の匂いが心地よい。旅館に泊まるのも、風呂とトイレが共同なのも久しぶりだ。掃除は行き届いていて快適だった。
夜、窓を見ると明かりに集まった虫がびっしり張り付いていた。窓を開け放していなくて本当に良かった。祖母の家を思い出す光景だった。





2日目




7時に吉野館をチェックアウトし、吉野水分神社 を目指して山を登る。眺望がよく、途中の史跡を見ながら歩いて7時40分に到着した。眼下には蔵王堂が小さく見える。春になれば、この山全体が桜色に染まるのだろう。
8時になると神社の門が開く。もちろん 貸切状態 である。静かで雰囲気の良い神社だった。ここでも参拝者は私一人。
8時20分に出発し、吉野駅へ向かって下山する。ロープウェイの始発前なので徒歩で下り、9時に駅へ到着した。ちょうどその頃から雨が降り始める。結果的に雨にほとんど遭わずに済んだ。運が良かった。
吉野駅から近鉄を乗り継ぎ、10時39分に榛原駅到着。雨は上がり、空には日差しも出ている。ただ湿気がまとわりつく。榛原駅で降りるのは高校生の時以来だ。駅前のファミリーマートのイートインでBase Breadと野菜ジュースを食べる。
11時15分発のバスで 宇陀水分神社 へ。宮司さんはテレビを見ていて忙しそうだった。
再び榛原に戻り、近鉄で奈良へ向かう。大和八木から乗った急行は鹿のラッピング列車で、車内まで鹿だらけだった。




13時50分、近鉄奈良駅到着。ならまちから奈良公園周辺へ向かい、十輪院、新薬師寺、東大寺 南大門、大仏殿、鐘楼、二月堂、三月堂、正倉院、転害門、興福寺を巡る。
十輪院は訪れるたびに法要が行われている印象がある。地元の人々に本当に愛されている寺なのだろう。新薬師寺では外観をじっくり眺め、ステンドグラスも忘れず確認した。どちらも 貸切状態 だった。
しかし東大寺まで来ると様子は一変する。外国人観光客と修学旅行生で大混雑だ。御朱印を集めている外国人も多い。小学生の頃、写生会で開山堂の前に座り、二月堂の絵を描いたことがある。今では観光客が多すぎて難しいだろう。
それでも 正倉院 や 転害門 まで足を延ばすと、人の姿はほとんどない。こういう場所の方が落ち着く。
近鉄奈良駅近くのサイゼリヤで遅い昼食、早い夕食を取る。この日初めてのまともな食事だった。店内は空いている。観光客はあまり入らないので、穴場である。
16時46分発の近鉄で京都へ向かう。近鉄京都線が奈良から京都へほぼ一直線に北上することを失念していた。車窓から差し込む西日がずっと眩しい。17時35分に京都駅到着。17時48分発ののぞみで東京へ向かい、20時に東京駅へ到着した。 振り返ると、この旅で一番印象に残ったのは有名寺院や国宝そのものではなく、人の多さだった。高野山も吉野も奈良も、少し中心地を外れるだけで驚くほど静かになる。貸切状態 の寺で仏像を眺め、誰もいない境内を歩く。そんな時間の方が、混雑した名所よりもはるかに贅沢に感じられた。
